【世紀の偉人】聖徳太子の伝説をまとめてみた!

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聖徳太子(しょうとくたいし)は、
日本史でも習った歴史上の偉人ですね。

実は聖徳太子は実在しなかった!
なんて興味深い説もあるようですが、

ここでは、実在していたとして、
世紀の偉人・聖徳大使の伝説などを調べまとめてみました。

syoutokutaishi

聖徳太子について

聖徳太子は、飛鳥時代の皇族で政治家。

厩戸皇子(うまやどのおうじ)とも呼ばれます。

「厩戸」なんて、なんか臭ってきそうな名前ですね。

日本で初めての女帝・推古天皇(すいこてんのう)の
摂政(せっしょう)だったことでも有名です。

摂政とは、天皇が政治に対して未熟で不慣れなときに、
代わりに政治をしてあげる役職のこと。

聖徳太子の功績は、主に4つあります。

1.能力があれば身分に関係なく出世できる
「冠位十二階(かんいじゅうにかい)」をつくった

2.日本で最初の成文法「十七条の憲法」を制定した

3.日本の立場を有利にする目的で中国に「遣隋使(けんずいし)」を派遣した

4.世界最古の木造建築「法隆寺(ほうりゅうじ)」を建てた

こんな偉人の聖徳太子(厩戸皇子)ですが、
さて、どんな伝説があるのでしょうか!?

聖徳太子の伝説や逸話

きっと驚くと思いますが、聖徳太子については、
以下のような伝説や逸話が語り継がれています。

●厩戸の前で生まれた

厩というのは馬小屋ですね。

イエス・キリストと同じ馬小屋でご誕生とは驚きです。

厩戸皇子の由来はここにあったんですね。

昔の偉人は、貧しいところ(臭いところ?)から
立身出世する人が多いですね。

●一度に10人の話を聞くことができた

あるとき、10人の民衆が聖徳太子に意見や要望を請願したところ、
太子は10人全ての請願を一言漏らさず理解し、
的確な答えを返したそうですよ。

こうした超人的能力があったため、
別名で豊聡耳(とよとみみ)とも呼ばれています。

●預言することができた

最古の歴史書である日本書紀には、
太子について「兼知未然」と記されています。

「未然」は、まだ起こっていないこと。

つまり、将来のことを知るとこができた!

これは、聖徳太子に預言する能力があったということを意味します。

●南嶽慧思(なんがくえし)の生まれ変わり

聖徳太子は南嶽慧思の生まれ変わりだそうです。

南嶽慧思という人物は、天台宗開祖の天台智顗に教えを授けた師。

これは中国でも知られていて、鑑真渡日の動機となったとか。

●飛翔伝説

聖徳太子が、神馬であると見抜いて飼養した黒駒に試乗すると、
馬は天高く飛び上がり、太子と調使麿を連れて東国へ赴き、
富士山を越えて信濃国まで至ると、3日を経て都へ帰還したという。

やはり、聖徳太子には「こいつは神馬だ!」と預言する能力が
あったということでしょうか?

 

他にもネットでは、以下のようなエピソードが噂されています。

●意外に若いころは武闘派だった

●聖徳太子は温泉が大好きだった

●凄く強い人に対して調子にのって相手を激怒させた

 

こんなにも凄い伝説や逸話が残る聖徳太子なので、

本当にいたのか?

と疑問視する人達も多く、非実在説がいくつか唱えられています。

聖徳太子が実在しなかったとする説は、

「聖徳太子の実在を示す史料は皆無であり、聖徳太子は架空の人物である」

とする大山誠一氏の説が有名です。

しかし、非実在説は実証的には証明されたわけではなく、
聖徳太子の存否をめぐる歴史上のミステリーとして、
今後も研究され続けていくのではないでしょうか?

なお、平安時代の伝記「聖徳太子伝暦」は、聖徳太子伝説の集大成として知られ、
多数の伝説が記されているそうです。

興味のある方は、是非、読まれるとよいと思います。

書き下し『聖徳太子伝暦』


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